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​スポーツを通じて、心も体も豊かにしたい。

今日はどうぞよろしくお願いいたします。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

​よろしくお願いいたします。名前は増田寛那(ますだかんな)です。生年月日は1989年10月8日生まれです。現在、パーソナルトレーナーとして活動しています。

・小さい頃から携わってきたスポーツについて教えていただけますか

私は小学校2年生から、ずっとハンドボールしかしていません。26歳で現役を引退するまで、約19年間プレーをしてきました。

地元大分県のハンドボールクラブに所属して、男の子も女の子も一緒にプレーしていました。一緒にやってた選手の中には、今でも男子の実業団で活躍する選手なんかもいたんですよ。年齢は離れているんですが、宮崎大輔さんなどもOBでいらっしゃいますね。

公立の中学に進学後も、当然のようにハンドボール部に入部したんですが、中学3年生の時にJOCという県の選抜の全国大会でMVPになってから、競技というものを意識するようになりましたね。

大分鶴崎高校に進学し、大きな結果は出せなかったんですけど、U-16の日本代表入りをしてから引退するまで、日の丸を背負ってプレーできたことは財産です。

大阪教育大学時代は、3年生の時にインカレで優勝しました。U-21の代表での活動もしながらプレーしていましたが、怪我で離脱

も経験をしました。これもいい経験だったかなと。

卒業後は、広島メイプルレッズに入団し、昼間は仕事、夜は練習とハードな競技生活を経験しました。

・19年間の競技生活。たくさんの経験で得たものはありますか。

たくさんありますね。代表なども含め、なかなかできない経験をさせていただきました。

一番はやはり「つながり」です。

ハンドボールを通じて、仲間との繋がり、応援して頂いたファンやサポーターの方々との繋がりは、引退した今でも続いています。

その仲間と共に戦ったことで、組織として動く重要性、協調性、コミュニケーション力というのは身についたと思います。

広島時代の練習がかなりきつかったので、絶対、忍耐力もつきましたね(笑)。

改めて考えると、なかなか出来ない経験をしたかなと思っています。

・​セカンドキャリア。引退後の増田さんのスポーツへの関わりを教えてください。

自己紹介でも言ったのですが、現在はパーソナルトレーナーとして活動しています。

競技をやめて、スポーツが当たり前の環境から、それがなくなった時に一気に体重が増加してしまいました。そこからダイエットを決意し、トレーニングや食、健康などを勉強しながらダイエットをしました。自分がやればやるだけ変わることができる。自分の経験から、それ伝える仕事がしたいとトレーナーになりました。今は運動不足が当たり前の時代で、お客さんの日常にどのように運動を取り入れていくか、その運動をどれだけ楽しく取り組めるか日々勉強しながら活動しています。

スポーツ=健康。体型維持も大事なんですが、不足していると病気につながります。体も心も健康であるためのサポートをしていけたらいいですね。

また、ありがたいことに、県や国のハンドボール協会からお仕事をいただき、競技を問わずオリンピック候補の子供たちを発掘する「アスリート発掘事業」であったり、様々な場所に出向き、ハンドボールの講演や技術指導をする「キャラバン事業」を通して、子供達とふれあい、全国を飛び回っています。

増田寛那さんにとってスポーツとはなんですか。

トップスポーツも経験させてもらいましたし、その環境が突然なくなることも経験しました。今まで当たり前だったことが、当たり前じゃなくなったことで、自分が自分らしくなくなりました。何をしていいのか。自信もなくなりましたし、価値も見出せなくなりました。

スポーツは、私にとって、「自分の価値を高めるもの。心も体も豊かにするもの。」

​今は、お客さんと一緒に笑顔でスポーツに携わっていきたいですね。

・増田寛​那さん、ありがとうございました!!

 

Profile

 増田寛那

 パーソナルトレーナー

​ フィットネスモデル

 175cm

 元ハンドボール選手(おりひめJAPAN)
 アスリートフードマイスター

 ダイエットアドバイザー

 肥満予防健康管理士

​ kanna_ma_ (instagram)